優秀な後輩を育てようと焦る僕は「自転車を教えるように」と上司に教えられる
「違うでしょ」「すんません」
「あーそれはこっちにやって、違う違う」「はい、すいません」
先輩が後輩を叱り育てる声が聞こえる。厨房の向こう側から。
さっきから一定のリズムで指摘されているみたいで。
それを聞いていると、自分が昔、バイト先の上司になだめられたのを思い出すわけで。
「なあ、佐藤くんは最初から自転車スムーズにこげたか?」
「◯◯、ちょっと来て」
バイトの後輩をぼくは呼び出した。
指示していた仕事が、ところどころ甘いところがある。
「こことここさ、抜け漏れあるでしょ?
ここはきちんとダブルチェックをやること」
「あと、資料の補充、この前の木曜日忘れてたよ。
チェックリストを作って確認したほうがいいよ」
はい、わかりました、と後輩は返事をする。
期待の後輩だから、自分の知っていることは全部教えて早く育って欲しい。
だからぼくは後輩の力を補強できることは気付いたら言うようにしていて。
その様子を上司が見ていて
「あ、お疲れ様です」と言ってすれ違おうとすると
「佐藤くん、ちょっと話すか」とコーヒーを買ってくれて違う場所へと移動する。
Drink/Ice in cup vending machine / kalleboo
「後輩たちは、どうだ?」
「少しずつ、少しずつ成長してきてくれます。
けど、もう少し成長して欲しい感じはあります」
そうかあ、と上司は言ってから
「焦ってない?」と続ける。
「いや、焦ってないっす」本当に焦ってるつもりは無かったから。
それに対しても、そうかあ、とまたひとつ言って
「後輩たちの立場に立ってみると、ちょっとあせらされてる感じになっちゃってるかもな」
その言葉にびっくりする。え、どこがすか、と質問が出る。
「さっきさ、色々指摘してたじゃん。
確かに後輩たちを指導するのは大事だけど
後輩たちの身になってみたら、あれもこれもってなって一杯いっぱいにならないか?」
ああ、さっきの見ててか、と気づく。
「でも、やっぱ早く育って欲しいですし、あいつならできると思うんですよ」
しかも、後輩を育てろ、と言ったのはその上司、あなたのほうだ。
そんな風に思って話すぼくに対して、上司は言う。
「なあ、佐藤くんは、最初から自転車スムーズにこげたか?」
いえ。とぼくが言うと
「だろ、補助輪とかさ、親父の手とかで支えてもらったじゃん。
で、少しずつ少しずつ、意識しなくてもできることが増えてきて、
バランスを自分で取ることに取り組めるようになって
きちんとこげるようになるんじゃん」
その言葉にぼくは何が言いたいのかやっと分かって納得する。
ああ、ぼくは後輩にいきなり自転車を補助輪なくこがせようと焦らせていたんだ、と。
「求めるのは良いけど、一気に求めすぎちゃいかんよ。ゆっくりな」
こうして期待が後輩を潰していく
期待。
できない後輩に対して指摘しすぎるのも、後輩をプレッシャーで潰すけれども
一方で期待しすぎて、後輩に一気に「あれもこれも」と求めすぎて指摘しすぎるのも、後輩を潰してしまいます。
人間、何かに取り組むときにはひとつずつしか意識できないわけで
そりゃ足りない部分やできない部分はたくさんあるだろうけど
それらを一気に意識したら
自転車で言うところの、ブレーキもバランスも顔を上げることも、というように
慣れないこと全部に意識を向けないといけなくなる。
そしてそれは結果的に全部中途半端になってしまうわけです。
だったら、教える側は焦らず、ひとつひとつ意識させる。
これができたらこれね、その次はこれ行こうか、と。
そこまでは、我慢。
この自転車のたとえは、
後日、『良い戦略、悪い戦略』の書籍の中でヘリコプターの操縦の仕方のたとえでも語られていて、これもまた分かりやすかったです。
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そして、
いつ何のタイミングで次の意識すべきことに目を向けさせたら良いかは、
後輩の仕上がり具合をきちんと見ていないと見極められません。
だから
優秀な後輩をつくることは、きちんと後輩を観察することにつながるわけです。
***
優秀になってほしい。なれるはずだ。
期待してしまうけど、後輩は人間。
ひとつずつ、ひとつずつ。焦らず。
だからそのために、今日の後輩をよく観察する。
そんな風に厨房の向こう側にも、願う。
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