どうしようもなく惨めなとき
どうしようもなく自分が惨めに思えるときっていうのはあるもので、
そういうとき、誰かの言葉が異常にやさしく思えたりする。
季節の変わり目のせいなのか、おそろしく体調を崩してしまい、扁桃炎になってしまった。
症状が落ち着いたと思ったら、今度はヘルペス。
両方の口角、鼻の下、鼻の中…
人生で初めてくらいこんなに同時多発でヘルペスが出た。
もう痒くてしょうがない。
顔中に吹き出物が出過ぎて、いつも以上に人の顔を見せたくないし、見たくない。
用事を済ませるために新宿に行くついでに、ドラッグストアに行って、ヘルペスの薬を探した。
薬剤師がいないと買えない薬なので、レジでヘルペスの薬ありますか、と聞いた。
そう言っている自分の顔を見られたくなくて、ちょっとうつむく。
そうすると、薬剤師のおばちゃんが奥から出てきて、はいはい、ヘルペスね、と言いながら簡単に薬の説明をして、レジを打ち始めた。
こっちとしてはもう早く会計を終わらせたいところだったけれど、おばちゃんが
ヘルペス?お兄さんが?
と聞くので、
ちょっと、ここらへんに
と口角を指差した。
おばちゃんが
この薬早く塗ってね、ほんと、びっくりするくらい効いちゃうからと、
薬剤師が言って大丈夫なんかというセリフを言った。
で、そのあとに
かわいそうにね、早く治ると良いね
と言われた。
なんかそれが僕にとってはあまりにも突然で、おかしいくらいに感動してしまった。
大人になればこんな言葉は言われなくなる。
かわいそうに、と傷をさすられた記憶は多くの人が抱えたことがあるだろうけど。
ふとしたことが積み重なって、どうしようもなく自分が惨めに思えるときってのは大人になるとやってきて
いやむしろ大人になるからやってきて
そういうとき、大人だから自分でなんとかするんだと気張ってしまうけど、
こんなシンプルで、ある意味子供騙しとも思えてしまう言葉が、惨めな人にも世の中はいいもんだなと思わせてくれる。