いつからだ?上司を信じていいなんて思うようになったのは
ふろふき大根にはやっぱり日本酒。
なんて、ちょうどお目当てのふろふき大根に箸を通してハフハフいるときに聞こえてきた。
近くの席から男性の声。
おれ言ったんだよ、この日までに提出するんでよろしくお願いしますねって、で、分かった分かったって言ってたのに、すっかり忘れてんの。で、怒られんのおれなんだからもういやだー
聞いているとまあ明らかにグチだよね。
お疲れさま
なんて気持ちをよそ者ながらそっと投げかけたくなる。
どうやらじぶんが上司にお願いしていた仕事を上司に頼んだのに上司はそれを見事に忘れていて、事もあろうにじぶんが責任を取るはめになった、と。
隣にいた男性が
「おまえ、上司のこととか信じんなって
いつから信じるようになったんだよ上司のこと」
という感じで相手の肩をつっつきながら言う。
いや、信じるっしょ、ずっと信じてるからおれ、と彼は言い返す。
どっかで聞いた会話だな、とぼくは思う。
バイトしていたとき。
任された仕事を別部署の上司にお願いしていた。
締め切りもきちんと設定していた。
で、締め切りの日にぼくはその方のところへといそいそと出かけて行った。
そしたら。
いない。
彼が、いない。
提出用の資料も、ない。
だからパートの方に聞いてみた。
「あれ、◯◯さんどこ行きました?」
と。
すると、あっけなくこう返ってくる。
「ん?◯◯さん今日はお休みだよ?」
お休み?
お休み?
だと…?
え、あれ、つくってもらう資料は…?は?え?ぱ?
そこから焦りが追いついてきてデスクの山積み書類をパートの方と一緒に探しに探す。
あった…
その資料はおそらくぼくがその方に渡して心強い了承の返事をいただいたときからずっとその場にあったであろう形跡で発掘された。
へいへいへいへい。
おふざけにならないでいただきたい。
提出今日なのにできてないじゃんていうか今日休みだから間にあわせもできないじゃん。
嘆きと焦りと悲しみと怒りとその他エトセトラで立ち尽くした。
ウィンドウズのアップデートみたいな状況になった。
結局それを直の上司にすいませんと話して、なんやかんや調整して締め切りを伸ばしてもらえることになった。
しかしさぁ、
とドタバタが落ち着いてぼくが何となくほっとしつつ意気消沈しているところに上司が話しかけにきた。
佐藤くんは人の動き読むの上手いと思ってたけど意外と人を理解してないのな。
と、笑いで柔らかくして、そんな言葉をぼくの横に持ってきた。
なんだかプライドに触れたので、いやいや、後輩だったらまだしも、上司なんですからそりゃやってくれると思って信頼するじゃないすか、なんて言って返す。
ははは、なるほどな、上司な。なんてまた笑いながら、上司だから先回りするんだよ、と言う。
上司なんてたいてい部下からの仕事に責任感持ってないんだから。サボっても怒られないもん。上司からの仕事と全然意識違うからなはははー。
だから上司こそコントロールしなければいけない。
上司の動きこそ先回りする。
あの人は締め切り守らないとか、資料見ないとか。
皮肉なことに、そこまで部下の仕事だったりする。優秀な上司なんてほんの一握りなのだから。
そんなことを上司は話して、佐藤くん、賢くなるんだよ、と言ってくれた。
それからは、上司だからというわけのわからない理由で何でもかんでも安易に信じたり期待するのはやめた。
上司?信じるでしょ、そりゃ。
そう疑う余地もなく当たり前に考えていた頃のぼくと、ふろふき大根の向こう側にいた彼が、全くもってダブった。