わたし、昔の恋人を忘れようと思います
昔の恋人を忘れようと思います。
という人と話をした。
出会ってなかった頃くらいの自分に戻りたいから
きれいさっぱり忘れるんだ、と。
どうして?と聞くと
忘れないと、前に進めないから。
新しい好きな人を見つけられないだろうから。
と言う。
自分をリセットしないと、前に進めない。
大切だったあの人を自分の外に追い出さないと
新しい大切な人を迎え入れられない。
そう思うのはなんとなくわかる。
いつだってよぎるのだ。
大切なあの人は。
野菜を刻んでいるとき、
夕暮れが綺麗だったとき、
人通りの少ない通りをとぼとぼ歩いてるとき、
よっぱらった夜の終電が向こうからやってくるとき。
ふとした瞬間に大切だったあの人の残像はひょっこり顔を出して、
悪気もなく人のこころにちょっとした波を立てていく。
それでも。
ぼくらは恋人のことを忘れられない。
「忘れない」と言ったほうがいいかもしれない。
少し前に素敵な記事に出会った。
ライターの燃え殻さんの記事。
男は昔の恋人を「忘れない」のではない。男は昔の恋人で「できている」のだ。
ほんとにそう。
ぼくの場合は
好きなビールとか
聴いてる曲とか
使ってるシャンプーとか
それって全部恋人たちに教えてもらったもんで。
今だって日常のなかに溶け込んでいる。
たぶん、ほじくりかえせばもっともっと出てくると思う。
昔の恋人たちから譲り受けた生活の一部たちが。
ぼくらは、たぶんあの日、
最初はよくわからなくて、どっちかって言うと理解できないけど
ぼくの好きな人が好きなそれを、
少しでも好きな人のことを理解したいから
少しでも好きな人に近づいてみたいからと
是非なんて関係なく手にとってみた。
好きな人と一心同体になることなんて無理だと思っていたのに
実はいつのまにか自分の好きな人の一部は、自分の中に溶け込んでいて。
忘れようとしている「それ」は
あの日、あのとき、理由はどうであれ、自分がときめいたものだったのだと思うのです。
日常に溶け込んでしまったものを忘れることほど辛いことはない。
だって、それはもう自分の一部で、
自分の一部をないものとして忘れるなんて、
身を引きちぎることと同じだから。
不思議なもので、
そうやって恋人から教えてもらったことが、
また人間関係を豊かにしていくこともある。
「そのセンスいいね」
と褒めてもらえることも少なくない。
そのたびぼくはドヤ顔でさももともと自分の感性でしたみたいなふりをする。
正直なところ、
そうやって昔の好きな人の見よう見まねで始めたセンスの数々を
好いてくれる女性たちもいたりいなかったりいたりする。
だから、いいんじゃないかと思う。
忘れず、むしろ自分の一部へとなじませていく。
で、
リセットできないあなたのことが嫌だとか言う人を
あなたが好きになってしまったのなら
たぶんそれは考え直した方がいいんじゃないかと。
人間は積み重ねることはできるけれど、リセットはできないのだから。
リセットできないあなたを好きになれないという人は、
結局のところあなたのことを好きにはなれない。
あなたのために自分を変える意思がないんだから。
忘れないで笑い過ごしていくあなたは、すてきだと思う。
そんなことを、たしかあの日もしゃべった。
人生を、かっぽしよう