休みがムダだと思う僕に、彼が提案した「作戦会議」は休みをこんなに有意義にした
つくづくぼくは休むことが下手くそで。
長期休暇に入るといったい何をして過ごせば良いのかわからなくなっていた。
休むのが、ムダだと思っていた。
「作戦会議だと思ったら?」
彼に言われたそのことばが変わり始めたきっかけだった。
「ぼくあんまり休むの好きじゃないんですよ。
休みなんてそれほどきっちり取る必要なくないですか」
と社会人の先輩に話したときに
「それたぶんねー
佐藤くん休むのが好きじゃないんじゃなくて
休むのが下手くそなんだと思うよー」
と言われた。
「え、でもぼく、けっこう頑張れますよ、休まなくても」
と負けじと言い返すと
「でも、たぶん佐藤くんみたいなひと、突如としてパンクしない?」
とさらに言い返されて、ずばり言われすぎて、何も言い返せなくなってしまった。
そのことばで、記憶のとびらがひらく。
思い当たる節がたくさんあった。っていうか、思い当たる節しかない。
休みに入っても、仕事などやらないといけないことが気にかかって
バイトをしているときも休むのがこわくてできるだけシフトを入れ
フリーで仕事をするようになると、それはもっとひどくなり
ついついメールをしたり、ついつい仕事を進めようとしていた。
手を止めるよりも、できるだけやるべきことに手を触れていた方が安心するからだと思う。
「休むこと」が「立ち止まること」だと思って、なんとなくこわかった。
「こわい」なんて言葉では理解していなかったけれども
それでも「ムダ」なことだとおもっていた。
それでも、淡々とやり続けることができればいいのだけど、やっぱり何ヶ月に一度のペースでガクンとテンションが落ちるときがあり
それはやる気がおきないうんぬんの問題では止まらず、ついには仕事から「逃走」するという始末だ。
休まないくせに、逃走はする。
じぶんで書いていても、なんちゅうやつだと思うけれど
そのときは、とにかく必死で。
Oshinko (Pickled Napa Cabbage) / naotakem
「作戦会議って考えたらいいんじゃあないの」
結局そのまんまの勢いで先輩と飲みに行った席で、そんな提案をうける。
「どうしても休みが何もない時間って思っちゃうんですよね」
なんてぼくが言ったからだった。
「休むっていうと、きっと弱い人な感じしちゃうでしょー。頑張ってないみたいなー。
悩む時間に当てるんじゃなく、逃げる時間に当てるんでもなく、
見つめて、考えて、次はもっとうまくやるみたいなさー」
それを聞いて「作戦会議」ということばは、おそろしくぼくになじむ感じがして、
「ああ、それいいっすね」
と抵抗もせず受け取った。
そうか、休むということばの、どこか後ろ向きさが嫌いだったんだ。
そこから、すぐに休むことが上手くなったとは言えないけれど、
少しずつ、少しずつ、失敗を繰り返しながら、休むこと=作戦会議を練習してきた。
休まないと、うまくいかないことをずっと気づかずにやり続ける。
やり続けてもうまくいかないのに、やって、どんどんうまくいかなくて、テンションが下がる。
だから、作戦会議をして
うまくいったこと
うまくいかないこと
振り分けて、
うまくいったことはパターン化して、
次はより早くできるようにする。
うまくいかないことは、もうやらない。
休まないと、方向がずれているときもある。
変な損得に囚われていたりする。
関係ない人の評価とか。
無視してもいい人の評価をしんらつに気にしていたりもする。
だから、最初の出発点を振り返って、あ、ずれてると思ったらこの機会に直す。
そういう視野が狭くなっているとき
全然関係のない湖とか、ダムとか、城とか、そういうのを見て、
視野が狭くなるじぶんにゆとりを持たせる。
ちょっとだけでも広く見てみる。
***
作戦会議なんていう不器用なことばでしか休めないぼくだけど、
それでもそのちょっとした子どもっぽいひびきを、気に入っても、いるのです。
人生を、かっぽしよう
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