自分探しをしない夏休みをしよう
夏休みになると、どんどん遠くへ行ってみたくなる。
ぼくは自分探しを否定しません。
忙しいと私生活から逃げることも。
いつもの場所にいることで、自分の姿が固定されて、
「お前はこういうものだ」と思わされ、思い、
そういう自分を他でもない自分の力で演じきってしまうからです。
一度いまの場所から離れて、逃げて
それで見えて来るいまもあることを実感したことがあるから。
それでも、現在いる場所で、何か幸せがぽんぽんと見えるようになったならば
それはとんでもなく幸せだということも実感しているのです。
人間は、いま目の前にないものを見ることが得意だと思うんです。
未来とか、違う場所のこととか、いま隣にいない人のこととか。
「いまここ」を意識できるのは人間の素晴らしいところだと言いますが
いまここを意識するということは、未来や過去、違う場所の比較ができるということで。
つまりそれは、目の前を見ないということでもあって。
それはたぶん、現在目の前にあることを見ると、あまりにも見えすぎるから。
良い部分だけじゃなくて、悪い部分も。
自分の想像じゃないからこそ、見たくなくても、見える。
だからその逃げ道として、過去を見たり、未来を見たり、天国を見たり、架空を見たりする。
思い描いた遠くのものって、言ってみれば虹みたいなもんで。
遠くからは確かにはっきりとあるように見えて、とてもきれいで、できれば近くで見たいもので。
けど、近づいても近づいてもそれはないし、実際は光の錯覚でしかなくて、触れはしない。
見えなくて触れないからこそ、きれいで。
人間は、そういうものを見たがって見つけ出す才能があるんだと思うんです。
そしてまた、
未来を見たとき、ぼくらにとって現在目の前のことってのは単なる「手段」で。
いま持っているお金や人脈を次どうやって投資しようとか。
明日健康的に生きるために今日はご飯食べといたほうが良いとか。
3時間後に損しないように、いまこのニュースを見ておこうとか。
次の瞬間を楽しく生きるために、今現在がどう使えるだろう、という手段になってしまう。
このいま目の前にあること、人、場所が楽しくて
全部、何のためでもなく、楽しみになるなら
それはもう、人生楽しいことだらけが過ぎ去っていくのだろうと思うのです。
なんかそれが、感謝みたいなことなのかなと。
だから人生で訪れる夏休み、たまには、
現在いる場所で、
いつもと同じことをして、
楽しみをじんわり感じるような、
そんな夏休みを過ごしてみたいなと、思うのです。
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