「結婚したい」彼がそう思ったのは、お風呂で転んだから
それは、突然のことだった。
悲劇ってのは、日常にひそむ。
風呂ですべって、彼は激しく転んだ。
命には別状がなかったけれども、肘のあたりを強くぶつけてしまった。
そして彼は悟る
「それでおれさ、結婚しようと思ったんだよね」
カフェで話し込んでるとき、何気なく切り出されたそんな話。
最初ぼくはそれが意味がわからなかったけど、
聞いていくうちになんだか腑に落ちたのです。
彼は一人暮らし。
一緒に住む彼女もいない。
ここ1年ほど彼女もいない。
彼女なんてしばらくいらない。もうずっといらない。
それくらいに言っていた、彼が、だ。
ついちょっと前、ぼくと一緒に
「いや、やっぱりひとりである程度自由いえーいみたいなのが一番だよな」
とかたい握手をかわしたほどだった。
その彼が、
「いや、おまえ、結婚は必要だって」論者に変わっている。
この裏切り者め。ぼくは震える右手のやり場にこまった。
彼が転んだあと、
びっくりした気持ちを落ち着けながら、
彼が湯船に身体を沈めていると、
だんだんとネガティな想像が頭をかけめぐる。
もしあのとき、打ち所が悪くて、死んでいたら。
あそこで倒れても、おれひとりなんだよな。
ひとりで、死んでいったのかな。
そうすると、
とたんに怖くなって、
ものすごく寂しいことに感じられて
それはいやだと思って、「結婚」という二文字が浮かんだらしいのです。
そんな大げさな、とその話を聞いていてぼくは思ったけれども
よくよく考えると、そんなことなのかもしれないなと思う。結婚って。
東日本大震災のあと。
結婚率がものすごく上がったという話を聞いた。
いわゆる「震災婚」
なぜって、みんなあの震災をうけて、独り身がこわくなったからだといいます。
一方で離婚率も下がったとは言われているけれども
その理由も「命の瀬戸際や大変な状況で夫が頼りないことに気づいた」など。
参考:震災後、離婚相談2倍に。震災婚は3タイプあると判明│NEWSポストセブン
上がるにもしても、下がるにしても
そこで大切なことは、
「人生でいちばん孤独なときに、そこにだれがいるか」ということ。
ぼく自身、宮城県にいて被災したけれど、
この現象が感覚的になんとなく分かって。
普段は、とくにひとりの生活でも生活の不便以外は気にもしなかったのですが
あの大きな大きな揺れを目の前にして
揺れが終わると明日を一個一個作り上げていかなくちゃいけない日々があって
そんな中で、気持ちだけでもそこに寄り添える生活が、 あってほしい。
そして無縁社会。
一人暮らしが普通。
そして隣近所がおすそわけみたいに訪ねてくることも珍しい。
ぼくの知り合いは、死亡後数日たってから発見されました。
その話を聞いて、その人のまわりにいつもそばにいる人がいたなら、と思ったし。
何より、そのとき、その死んでいくとき、だれもそばにいなかったんだよなあ、心細かったかなあなんて思って。
死んだら終わりだし、死ぬときはだれだって一人なのだけど
その死ぬ瞬間ひとりではいたくない。
だって、当たり前だけど、死ぬのってだれしも初めてで。
初めてのことってよくわからないからこわくて。
そういう日常のささいな孤独が、首をもたげてくる。
以前は、結婚する相手を決めるのは「スーパー」が理由のひともいたけど
彼の場合、結婚する意味を決めたのがお風呂場だった、ということだったのだと思います。
***
彼は、いま本気で婚活をしているらしい。
街コンなんてむかしはバカにしていたけど、
今ではふつうに行っているし、
遊びで終わらそうという交際はせずに、
結婚も視野に入れた交際もどんどんしてこうと考えているらしいです。
「少なくとも、風呂場で発見されたくはない」
と、彼。
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