佐藤ノート№28 〜誰のために笑うのか〜
秋
きっと僕の顔はひどかった。
いまやもうその顔は
思い返すこともできない。
というか
当時はその顔が
普通の顔だと思っていたから
気にかけることなんかしなかったわけで
だからそもそも
思い出すなんてことが不可能なのだ。
他人という存在を忘れるほどに
勉強に没頭し
毎日、毎日
自分としかにらめっこしなかった。
自分にしか興味がなかった。
「あんた、ひどい顔してる」
母親が秋頃僕にそう言った。
そしてこう付け加えた。
「その顔じゃみんなに棘刺すよ」
自分では全然意識してなかったけれど
僕はいつもかなり不機嫌で
誰も話しかけたくないような
顔をしていたらしい。
「ほっとけよ」
自分がどんな顔をしていても
それは自分の勝手だ。
僕は率直にそう思った。
そうでなくても苦しい状況で
なんで他人のために
笑わなければならないんだ。
全く意味が分からなかった。
でも心のどこかで
母の言葉が引っかかっていたのだと思う。
ある日の朝
バスを降りる際
いつもは判で押したように
「ありがとうございました」
としか言わないバスの運転手たちだったが
その日の運転手は
「行ってらっしゃい」
にっこり笑ってそう言った。
面食らったのと同時に
急激に嬉しさがこみ上げてきて
「行ってきます」
と言った。
そのとき僕は笑っていたのだと思う。
気付くと一人で笑って
歩いている自分がいたから。
人に笑顔を送られる。
僕が送り返して、笑う。
それがずいぶん貴重なことに思えた。
すがすがしい気持ちになった。
他人のためだけに笑うわけではない。
何より僕のために笑うのだ。
僕は僕の顔が見えない。
でも不思議なことに
自分が笑うと
少しだけ前が開けた気持ちになる。
試験会場でも僕は笑った。
今日も素敵な一日でありますように。
関連する記事
・『佐藤ノート№3 『繰り返す5月病』
スポンサードリンク
スポンサードリンク
この記事を気に入ったらいいね!
書いた人のTwitter見てみる
Follow @daichisato88
Facebookフォローで情報受け取る方はこちら↓