秋分。ムリをしていろんなことを広げない
秋分の日を、すぎた。
秋分の日は、「昼と夜の長さが同じになる日」と言われているんだけど、正確には、昼の長さのほうがすこし長い。
それでも、
1日のぜんぶを終えて外に出るともうずいぶんと真っ暗になっていて、
「うわあ、もう真っ暗だなあ」なんて思う。
ちょっと前のまだ日が長いころは、
1日のやるべきことをやり終えても、まだオレンジ色だったりして明るくて、
「もう少し何かやろうかな」とか思ったり
「だれかに声かけて飲みにでも行こうかな」なんて思ったりして、
まだだいぶ残っているような日の長さを惜しむように、
残りの1日のなかに押し込めようとしていたっけ。
日の長さってのはふしぎなもんで。
パッと開けた先がすっかり暗くなると、
他のことはもういいかな、なんて余計なことはやりたくなくなる。
新しいこととか、だれかと会うなんてもってのほかで、
家でおとなしくしてるかあなんてことを考える。
しかもだんだんと寒くもなる。
外でふらーっとして寒いなかに身を置いておくよりも、
すこしでも早く家にでも着いて安全を確保したくなる。
「読書の秋」ってのも、うまく言ったもんで。
時間はあるけど、ふるい立ちもしない持てあました夕方からの時間を、何に使えばいいかと提案してくれる。
最近は一日置きくらいに本を買っているじぶんを見つける。
年をとって興味を広げると、見る本見る本ぜんぶ読んでみたくなるから、こまる。
けど、買いためた本を、ふとんに入って寝っ転がりながら読んで、眠くなったら寝る。
対人関係とか新しいこととか、そういう外に対して広げていくことを
ムリをしなくてもいい時間
ってのは、一年のある時期からはやっぱり必要で、
そういうときは、
一年の前半に広げまくったじぶんのアンテナやら考えやら経験やらを
ハンカチのはしとはしを合わせて折っていくようにして
少しずつ、じぶんなりにまとめていく時間につかいたいって思う。
この「ひとり」の時間を、ずっとずうっと怖い時間だと思っていたけれど
実はちがうんだって最近気づいて、
むしろ一年のうちの、それこそ秋にいろんなものが実るように、
じぶんも今までとにかく入れてきた栄養をぎゅっと込めて、
実りに変えていくんじゃないかなあと
なんだか言いわけがましくも、
そんなことを、考えているのです。
人生を、かっぽしよう
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