その正義感を弱めればもうちょっとイライラしなくなる
どうでもいい人を攻撃することに一生懸命になって、大切な人生の時間を潰している。
「どうでもいいなら、ほっときなー」
家庭教師で教えているとき、虫が飛んでいた。
生徒はそれをいちいち気にして勉強できないようだった。
別にそこまで邪魔になっているわけじゃない。気になるかなぁくらいのレベル。
その姿を見て、思い出すのは
ぼくの二浪目の自習室
イライラばっかしてた自習室
Watermelon Pac-Man With Tomato Power Pellets / Aaron_M
変な咳をするやつがいて。
「う、うおおおおん、おおん」
みたいな。
しかも一定のリズムで。
他の人はどうか分からなかったのだけど、
それが気になって仕方なく
やけにイライラして
よっぽど「ねえ、うるさい」って言ってやろうかと思ったくらい。
言わなかったけどさ。
ただ、ぼくがイライラしてたのは、その人だけじゃなくて
人のペンが走っている時に机とぶつかりコツコツなる音も許せない。
やけに耳に入ってきて、集中を妨げられるから。
他にも、
やたら鼻かむのがうるさい人とか
なんでそんなクシャミすんの?ってくらいする人とか
自習室をすぐ出たとこで大声で話す人とか
いい加減成功しろよってくらいペン回し何回も失敗してペン落とす音がうるさいやつとか
数えたらきりがないくらい、いた。
自習室には自分とは相容れないものがものっすごいあるし、
どっちかというと、勉強そのものよりも、そういうものとの闘いだったようにも思うんです。
いちいちまわりを気にして、それをしらみつぶしに注意でもしていたなら、自分の時間がなくなる。
本筋を見失う。
そういうとき、まわりを気にしすぎない、「無視する力」というものを、もっと持ちたいなぁと。
ある程度は持てたんです。
まわりに参考になる人たちがいたので。
彼らは、まわりを無視できてまわりに対してそれほど不快にならない人です。
彼ら、まわりに興味ないかというと、そうでもなくて、人並みかそれ以上にある。
けど、ぼくと何が違うかと言うと
まわりに介入しすぎないんですね。
「正義感の守備範囲」が狭いんです
正義感の守備範囲
Watermelon Kaboom!! / ShuttrKing|KT
ぼくのようなまわりのことをいちいち気にしてイライラする人って、
「正義感の守備範囲」が広すぎるんですね。
まわり見えすぎて三遊間どころか一二塁間まで守っちゃうショートみたいな。
他人の一挙手一投足がやたら見えて、
自分の「こうあるべし」と重ね合わせて、
ズレた分の不快をキャッチしやすくなっちゃう。
理想の状態がめっちゃ高くなっちゃう。
で、それをなんとかしようと一生懸命になる。
それに対して
ぼくが参考にしたのは、
まわりに自分の正義感を重ねすぎないわけです。
まわりはまわりで人は人。
だから、
まわりの常識や振る舞いが自分重ね合わせたときにズレてても、
それほどやだなぁなんて思わない。
「ま、そんなもんか」って考えられる。
だから、まわりにイライラしたときは
「それ気にしてんの、自分だけじゃない?」
「そこまで必死になること?」
「君の人生破滅させられるわけでもあるまい」
って考えてやると、けっこう自分が小っ恥ずかしくなって我が身を改めるから、おすすめ。
***
他人の投稿に変にイライラしたり
天気が悪くてイライラしたり
まわりがうるさくてイライラしたり
「こうあるべし」の範囲をも少し狭くしていきたいっす。
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