客が頼んでも玉ねぎの串を出さなかった店
「すいません、今日はないんですよ」
「えええ、だってメニューに書いてあるのに?」
仕事を終えて、ひとり焼き鳥を食べながら一杯飲んでいると、隣の席から声がする。
ぼくよりもはるかに早く飲み始めていただろうそのお客さんは、そっか、と残念そうに言って、またメニューを見やった。
玉ねぎの串をそのお客さんを頼んでいたわけだけど、焼きを担当していたたぶん店長らしいその男性は、ごめんなさいと断ったわけだ。
ぼくもさっき頼んだ「さんかく」の串をほおばりながら、どうしてだろうと気になって耳を傾ける。
「本当は新玉の季節なんで、水分適度に含んでおいしい串ができるんですけど、どうしても新玉の調子が悪くて焼いても水分が多すぎてべちゃべちゃになっちゃうんですよ」
そうなのか、新玉っていうのは水分が多いのか。新玉ねぎのなんたるかもわからずに今まで新玉だー新玉だーと喜んで食べていたじぶんを恥ずかしく思った。
それを言われたお客さんは、うん、とだけ言った。
*
売れば、きっと売れただろうな。
正直、お客として食べていて、それほど小さな違いを感じながら食べているかと聞けば、そんなことはない。
実際に食べてないからわからないけれども、ちょっと水分が多くてべちゃべちゃだとしても、ちょっとやそっとの違いならきっとそのまま食べていただろう。
こだわり
というのは、そういうものなんだろう。
売れるけど、売っちゃいけない。
「もったいない」で済ませられない、妥協できない、捨てられない、意地。
他人は許すだろう。
けど、じぶんが許さない。
そういうラインがこだわり。
たまに、なんのために守ってるのかわからなく。
そういうラインがこだわり。
たぶん、受け手の代わりにじぶんに「NO」を出せるひとっていうのが、本当のプロなんだと思う。
そこに厳しくなれるかなれないかなんだと思う。
いい仕事を、見させてもらいました。
ごちそうさまです。
人生をかっぽしよう
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